大判例

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東京高等裁判所 昭和45年(行コ)81号 判決

控訴人

ユジイヌ・クルマン

(旧商号、ソシエテ・ドウエレクトローシミ・ドウエレクトローメタルジエ・エ・デ・アシエリ・エレクトリク・デジユーヌ)

右代表者

ルネ・カストロ

右訴訟代理人

猪股正哉

被控訴人

特許庁長官

斎藤英雄

右指定代理人

奥平守男

外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

この判決に対する上告のための付加期間を九〇日と定める。

事実

〈前略〉

一  控訴人の陳述

(一)  原判決には、憲法の解釈を誤り、かつ、取消訴訟の本質の解釈を誤つた違法がある。

1 原判決は、本件通知行為が被控訴人が法に基づきその権限の行使としてした処分ではなく、単なる事実行為としての失効通知をしたにすぎないもので、控訴人の権利義務(本件優先権主張の効力)についてなんらの変動を及ぼさないものであることを理由に、本件通知行為は、取消訴訟の対象となる行政処分ではないとし、その根拠を、行政法規としてのパリ同盟条約、特許法等の解釈に求めているものである。したがつて、原判決は、取消訴訟の対象となる行政処分を、行政庁の行為の公権力性と不可分なものとして把握し、取消訴訟は、行政庁の公権力性ある行為を排除するための手段にすぎなく、また、これを排除すれば、国民の不利益を救済するに十分であるとする理論的前提に立つたうえ、取消訴訟が提起された場合に、まず、該取消訴訟の対象と主張されている行政庁の行為が、公権力性を有しているかどうかを個別的行政実定法規の解釈によつて確定し、もし、この要件を欠いていると判断すれば、その行為が違法であり、国民が現実に如何ような不利益を被つていても、これを顧慮することなく、取消訴訟を不適法として却下すべきものとするにあるものということができる。

2 しかし、取消訴訟の対象となる行政処分を、行政庁の行為の公権力性の有無によつて確定することおよびその確定を個々の行政実定法規の解釈に求めることは、日本国憲法の建前および取消訴訟の本質に反すること、以下に述べるとおりである。

日本国憲法施行後における、わが国の行政訴訟制度は、憲法上の要請として、いわゆる列記主義を排し、一切の法律上の争訟につき司法審査のみちを開くなど、いわゆる概括主義のたて前が確立されたのであるから、法律をもつてしても、列記主義をとることは、憲法のたて前に違反するものとして許されない。この意味において、行政事件訴訟法においても、当然に、列記主義を棄て、概括主義の立場が採用されている。しかるに、原判決の前記のような見解によれば、取消訴訟により司法救済の対象となる事項は、違法な行政庁の行為に基づく国民の不利益に関する一切の法律上の争訟ではなく、行政法規の解釈によつて公権力性を認められた行為だけに限定されるのである。したがつて、この意味では、旧行政裁判法(明治二三年法律第四八号)第一五条にいわゆる列記主義の要件の代りに、行政法規によつて公権力性を認められている行政庁の行為という要件に単にいいかえたにひとしく、これによつて取消訴訟の対象が若干拡大されても、個々の行政法規の解釈による公権力性という要件によつて制限する以上、取消訴訟の可否に関するかぎり、列記主義の補充、拡大にとどまり、本質的には、旧憲法時代の列記主義と何ら変るところはない。

しかしながら、取消訴訟の対象としての行政処分を考えるに当つて、公権力性という概念をもちこまなければならない現実の必要性は全くないのみならず、むしろ憲法の建前に矛盾するものとして積極的に排除すべきである。

また、公権力性を取消訴訟の訴訟要件とするときは、裁判所が実定法規の解釈で公権力性がないと判断すれば、訴を却下するため、国民が行政庁による公権力性のない違法な行為によつて現実にどんな不利益を受けていても、何ら不利益を受けていないものとされる。しかし、国民は、行政庁による公権力に基づく行為がなされてはじめて、その権利、利益に直接影響を受けるわけではなく、そのような行政庁の行為が行なわれる過程において、あるいは、行政庁の行為であること自体の多面的総合的性格によつて、すでに多くの不利益を受ける立場にあるものであるから、裁判所が公権力性を取消訴訟の訴訟要件とする結果、行政庁の行為の違法性はそのまま放置され、事実上適法化することを容認する不合理を免れない。

しかも、現代における取消訴訟制度が、国民の権利、利益の保障、救済を目的とし、併せて行政の適法性を確保しようとするにある以上、前記の不合理な結果を容認することは、取消訴訟の目的に反するものである。したがつて、この点においても、公権力性を取消訴訟の訴訟要件とすることは、一般法理に反するのみならず、取消訴訟の目的および司法国家のたて前にも反するものであつて許されない。

3 また、裁判制度の利用の許否を決める訴訟要件の有無は、実体法規が関与すべき筋合の問題ではなく、裁判制度それ自体の目的、本質に照らして決定すべきものである。そして、わが国の裁判制度の目的、本質は司法権の独立、優位の下に、法律上の争訟を解決するにあるから、裁判制度の運用は、実体法規から独立してなさるべきである。したがつて、訴訟提起の許否は、裁判制度独自の立場から専ら裁判制度を利用させるに値いする法律上の争訟を主張しているかどうかによつて判断するのが正しいといわなければならない。

ゆえに、取消訴訟の訴訟要件としての行政庁の行為の公権力性を行政法規の解釈に依存することは、裁判制度の目的、本質にも反する。

以上のとおりとすれば、取消訴訟は、行政庁の違法な行為によつて国民がうけもしくはうけることの確実な不利益を救済するために、行政庁の違法な行為を排除する制度であると解し、取消訴訟の対象を決定するに当つては、まず、国民がうけている実害の有無およびこれが行政庁の行為に由来しているかどうかを基準として判断し、この基準に該当する以上は、公権力性の有無にかかわらず、行政庁の行為について取消訴訟を許すことが、日本国憲法に確立された司法国家体制にふさわしく、また、国民の権利、利益の救済を全うすることのできる取消訴訟の正しい姿と考えられる。

したがつて、行政庁の行為が、個々の行政法規の解釈によつて公権力性が認められたときにはじめて、取消訴訟の対象となるという原判決の解釈は、旧憲法時代の列記主義を採用するものであり、取消訴訟の本質を見誤り、憲法第三二条、第七六条の解釈を誤つた違法がある。

(二)  原判決は、優先権の主張を一種の形成行為と解しているが、これは、優先権の本質の解釈を誤るものである。

1 原判決は優先権の主張を第一国出願により発生した優先権を第二国出願の際援用して現実にその効力を生ぜしめ、もつて直接前記利益を享受することを目的とする手続上の単独行為であるとし、優先権の主張を一種の形成行為とみている。

しかし、優先権の主張を形成行為と解すべき根拠は明らかでない。

しかも、優先権の主張に一種の形成的効力があるとしても、結局、行政庁としては、出願とは別個の手続で、主張の適否について、その形式的要件および実体的要件にわたつて審査、判断しなければならないうえ、その結果によつて有効、無効が決定されること、原判決の認めるとおりとすれば、それは単なる形成権の行使にとどまるのではなく、新たに別個の手続を開始する行為である。そうすると、優先権主張は、むしろ、一種の公法上の申立権と解すべきであり、この申立によつて出願人は、具体的現実的優先権の確認もしくは公証を求めているものと解すべきであるから、これを形成行為とみることは、優先権主張の一部の機能のみに把はれた解釈というべきである。

2 優先権の主張を形成行為と解すると、手続行為はなるべく有効に解し、特別の公益的事情による制限のある場合を除き、補正を認めるという手続法の一般原則に反することになり、その結果補正を認める余地がなくなり、また、撤回を認めるわけにもいかなくなつて不合理である。

3 優先権の主張を形成行為と解すると、いかなる内容の形成的効力がいつ発生するかが不明確であるのみならず、理論的にも特許法第四三条第四項の規定と矛盾することとなる。

すなわち、特許法第四三条第四項により優先権主張が失効するというのは、有効な優先権主張の存在を前提とする。したがつて、形成的効力は、優先権を主張する際に記載した国名もしくは日付等のとおりに発生すると考えざるをえないが、この立場をとると、その国名もしくは日付が正しくないときには、優先権主張が本来無効であることは、原判決のいうとおりであるから、この場合には失効する余地はないことになるし、また、国名、日付等が正しいかどうかは、優先権証明書をみなければ判明しないから、形成的効力を発生させようがなく、したがつて、特許法第四三条第四項により優先権主張が失効するということは法律上全くありえないことになる。さらに、原判決のように、優先権証明書の提出を優先権主張の方式の一部とするならば、形成的効力は、優先権証明書提出の時に発生することになるわけであるが、この場合にも、優先権主張が失効するということは法律上ありえないこと右に述べたとおりである。そうすると、優先権主張を形成行為と解することは、特許法第四三条第四項と直接矛盾する不合理を免れない。

以上のとおりであるから、優先権主張の本質を形成行為の一種とする原判決は、優先権主張の本質の解釈を誤るものである。

(三)  原判決は、優先権主張について特許庁は何ら応答する必要も義務もないとする点において、法律の解釈を誤るものである。

優先権主張は、特許庁の手続を開始させる手続であり、これは出願人の権利としてなしうるものであることは明らかであるから、行政庁である特許庁は、優先権主張の内容である意思表示もしくは事実の通知を受領すべき義務があり、これによつて、特許庁は手続の主宰者となつて、審査をなし、これを終結させるための手続をとる義務があることは当然である。それは、出願人がつぎの段階の行為をなしうるようにするためにも当然必要である。したがつて、特許庁は、優先権主張の法的効果の発生の有無についての判断の結果を手続上明らかにして当該手続を完結させ、つぎの手続(出願の審査)をとることができるようにする義務があり、判断の結果を手続上明らかにせず、出願人に何ら不服申立の機会も与えず、うやむやのまま出願人に不利益を課することは許されない(この意味で特許公報に優先権主張を掲載することは応答処分である)。このことは、手続を開始させる権利を有する出願人は、自己のなした手続行為の結果を手続上知る権利があることおよびそれが手続の公正を保持するゆえんであることからもいえることであり、とくに、行政庁が、法的効果が発生しないと判断するとき、即ち、当事者に不利益な判断をし、しかも当事者の権利を否定するようなときには、その判断の当否につき、法律上不服申立の途を開くために、何らかの処分をなすべきことは、国民の権利保護の方法として近代法において確立されている法的手続制度の原則でもあることからもいえることである。ゆえに、原判決が、優先権主張が適式である場合は勿論、不適式な場合にも、それについて何ら応答すべき必要も義務も存しないとしているのは、この点において法的手続に関する法律の解釈を誤るものである。

(四)  原判決は、本件通知の行政処分性についての法律の解釈に誤りがある。

原判決は、本件通知行為を、控訴人の優先権の主張が法律上当然に失効したという被控訴人の意見を、被控訴人が独自の立場から、出願人に対する行政上のサービスとして注意的に通知したものである旨判断している。しかし、審査についての特許庁長官と審査官との原則的関係は、審査の決定に基づいて特許庁長官が手続的行為をすることになつている(特許法第五一条第一項、第二項、第六三条等、また原判決の如く、方式の審査も審査の一種とすれば、同法第一七条第二項等)。したがつて、審査について、特許庁庁長官の手続的行為がなされたときは、特許庁長官が審査官の決定に基づいてその決定を通知したものとみるのが普通であり、まして、原判決のいうように、優先権の主張が失効したかどうか、すなわち、優先権主張に基づく権利関係について判断する権限は専ら審査官にありとすれば、原判決の認定は、何ら制限のない特許庁長官が、審査官の専権に属する事項についての法律上の意見を、審査官の判断とは別に、特許庁長官独自の立場からしかも公的に通知したことになるのであるから、このような越権行為が単なる行政上のサービスであり、注意的通知であり、しかも、そのようなことをするのが慣例であるとは到底考えられない。さらに、本件通知書には原判決のいうような注意的通知であることなど一切記載されていないし、そのような趣旨を推測できる記載もなく、むしろ、その記載の表現からすれば、出願人に対する公権力の行使としての通知であるとの認識を与えるに充分である。

また、本件通知がなされたのは昭和四一年八月二四日付であるが、本件出願がなされたのは同三九年二月二六日であり、この間に拒絶理由通知(昭和四〇年七月五日付)、意見書の提出(同年一一月四日付)、補正通知(同四一年四月二〇日付、同年五月二四日発送)、補正書の提出(同年七月四日付)の手続がなされているのであるから、この手続の経緯にかんがみれば、本件通知が被控訴人において優先権主張が出願の審査の段階で認められないおそれがあることを前もつて注意するためになされたものと解することはできない。したがつて、このような段階にある出願について、優先権の主張に関する審査の問題が生じた場合に、原判決のいうようにもともと審査官の専権事項であると考えるならば、審査官が自ら通知をなすかもしくは通知に必要な決定をなすべきものと解するのが当然であり、合理的であるのに、原判決の判断によれば、審査に関係のない被控訴人が何らの権限に基づかない通知をしているという異例かつ不合理なこととなる。むしろ、本件通知は、被控訴人が審査官の決定に基づき出願手続に準じてなしたものと解するか、または、被控訴人が審査官の補佐のもとに、固有の権限に基づいてなしたものと解すべきであるから、本件通知は、いずれにしても、特許庁が本件優先権主張を却下もしくは否認した確認的、公証的法律判断を表示したものとみるべきものである。

(五)  以上のとおり、本件通知は、取消訴訟の対象となるべき行政処分と解すべきであるから、これを否定して本件訴を却下した原判決は違法なものとして取消を免れないものである。

二  被控訴人の陳述

(一)  本件特許出願については、昭和四五年一二月二一日出願公告、同四六年一一月一八日設定登録されているが、いずれにも優先権の主張は登載されていない。

(二)  特許庁においては、本件失効通知の効力が問題となつた後は、優先権主張に対する失効通知を出願人に対して行なうことをとりやめ、現に行なつていない。

理由

一当裁判所も、原審と同様に、控訴人の本件訴は、本位的請求および予備的請求ともいずれも不適法として却下を免れないものと判断する。その理由は、左記のとおり付加、訂正するほかは、原判決の理由に記載するとおりであるから、これを引用する。

二原判決三七枚目裏六行目「したがつて、」から三八枚目表七行目末尾までを、次のとおり改める。

「したがつて、出願と同時に、優先権を主張する特許法第四三条第一項所定の書面が特許庁長官に提出されることにより、特許庁の何らの応答行為を要せず、直ちに、第二国の出願日が、先後願関係および新規性等の判断の場合には、第一国出願の日になされたと同様の取扱を受けるという効果を生ずる。そして、優先権主張は、同条第四項によつてその効力を失わないかぎり、この効果の発生によつて目的を達し、じ後は第二国出願手続に吸収され、その一部となる。それゆえ、特許庁は、その後においては、該出願について、先後願関係および新規性等の判断の場合には、その出願が第一国出願の日になされたものとして審査し、いわゆる特許査定または拒絶査定をすれば足り、優先権の効力の有無について独立した応答をする義務はない。」

三原判決四三枚目裏一〇行目に「そして、本件弁論の全趣旨によれば、」とあるのを「以上説示してきたところに本件弁論の全趣旨を総合すれば、」と改め、同四四枚目表末行に「できるようにしてあること」とある次に、「そして現在はこの通知は行なつていないこと」を付加する。

四原判決四六枚目表八行目「当該出願に」から同一〇行目「すなわち」までを削る。

五原判決四九枚目表三行目の次に次のとおり付加する。

「三、わが国の行政事件訴訟制度が新憲法のもとにおいて、従来のいわゆる列記主義から概括主義にあらたまつたことは控訴人主張のとおりであるが、それだからといつて、行政庁の一切の違法行為についてその行為の取消を求めるための出訴を認める必要があるということにはならない。けだし、行政事件訴訟に関する裁判が司法権の作用である以上、訴提起の許否は、原告が裁判制度を利用するに値いする法律上の争訟を主張しているかどうかによつて決すべきものだからである。行政庁の当該行為によつて国民の権利義務に影響を及ぼさない場合、その当否を争つて当該行為の取消を求めることは、裁判制度を利用するに値いする法律上の争訟を主張するものとはいえず、このようなものについては裁判制度を利用させる必要はないものというべきである。

叙上の見地に立つてみれば、前叙のごとく、本件通知行為は、被控訴人が控訴人に対し、その優先権の主張が法律上当然に失効したものであるという意見を注意的に通知したものにすぎず、この通知によつては、何らの法律上の効果も生ぜず、控訴人の権利義務すなわち本件優先権の効力に何らの変動を及ぼすものでもなく、また、継続的に控訴人の権利、自由の制限される可能性も無いから、このような行為に対して行政事件訴訟法による取消の訴の提額を許容しないことが憲法の解釈を誤り、取消訴訟の本質にもとるものということはできない。

四、控訴人は、優先権の主張をもつて、具体的現実的な優先権の確認もしくは公証を求める申立である旨主張するが、特許庁が控訴人の主張するような確認行為もしくは公証行為をなすべき旨を定めた規定は見当らない。ただ、審査手続の過程において、審査官が出願公告をすべき旨の決定をした場合には、特許庁長官は、この決定の謄本を出願人に送達した後、出願公告をすべきものとされ、この公告すべき事項中には、必要な事項として出願人の主張した優先権の効力が認められる場合にはその旨を掲載すべきこととされている。しかし、この場合の公告は、優先権の効力を伴つた特定の出願がなされた事実を不特定多数の公衆に知らせるためのいわゆる観念の通知にすぎないものと解すべきであつて、これをもつて控訴人主張のごとく応答処分であるとかあるいはまた確認行為、公証行為であるとすることはできない。

五、優先権が、第二国において出願する際にこれを主張することによつて現実的な効力を生ずるものであることはすでに述べたとおりであるが、この効力は、優先権を主張する者によつて特許法第四三条第一項所定の書面が特許庁長官に提出されたときに生ずるものと解すべきである。そして、優先権の主張は要式行為であるから、この書面に同項所定の事項が記載されていない場合には、不適式なものとして優先権の主張は無効であり、したがつて、優先権の効力は発生しない。しかしながら、優先権は主張する際に提出された特許法第四三条第一項所定の書面の記載に明らかな誤記がある場合には、この誤記の訂正が許されることは勿論であつて、この場合優先権の主張は、当初より訂正にかかる内容どおりの主張がなされていたものとして、その効力を認めるべきである。優先権の主張について誤記の訂正が許されない筈がないし、必要があれば補正は許して然るべきである。

また、優先権の主張について、その撤回は許容することができるか否かは問題であるが、かりにその撤回が許されないものとしても、これが手続経済の原則に反することを理由に前記解釈を否定することはできない。

六、優先権の効力の有無は、出願を審査する段階において審査官によつて審査判断され、その判断は、いわゆる拒絶査定あるいは特許査定において明らかにされる。そして、優先権の効力がないことが理由となつて出願が拒絶された場合には、出願人は、拒絶査定の判断を争つて審判による不服の申立さらには、その審決に対する取消の訴を提起することにより訴訟による救済の途が存するものである。また、優先権の効力が認められないままで特許査定がなされ、権利の設定登録がなされた場合に、後に優先権の効力が認められないために無効審決がなされたときには、この無効審決に対して取消の訴を提起することにより、また、第三者の権利の侵害に対しては、その侵害の排除を求める訴訟において、優先権の効力を主張することにより、訴訟による救済の途が存するものである。ところで、優先権主張の手続は、出願手続と別個の手続ではあるが、これに付随し、出願手続の一環としての手続であるから、優先権の効力の有無が争いとなる場合に、如何なる手続によつてこれを解決し、その法律関係を確定するかは、ひとえに立法政策の問題であるということができる。現行法のもとにおいては、優先権の効力の有無に関して独立して確認、公証を求め、その判断に対して不服を申立てる方途は存しないが、前述したように優先権の効力を否定した判断に対しては、終局的には法律上不服申立をする途が設けられているのである。したがつて、優先権主張の効力について特許庁の判断の当否について独立して法律上不服申立の途が設けられていなくとも、当事者の権利が著るしく害されるということはできないし、ましてや本件通知が控訴人の優先権主張の申立に対する応答行為であつて法律上の処分に当ると解する余地はない。

七、控訴人は、本件通知は、被控訴人が審査官の決定に基づき出願手続に準じてなしたものか、あるいは被控訴人が審査官の補佐のもとに、固有の権限に基づいてなしたものと解すべきである旨主張するが、前述のとおり、法令上、被控訴人に対し出願人にあて本件のような優先権主張の失効通知をなすべき旨を命じている規定はないのであるから、本件出願から失効通知がなされるまでに可成の年月が経過している事実を考慮にいれると、いささか奇異の感じを免れ難いけれども、だからといつて、控訴人の主張するように解釈する余地はないものといわざるを得ない。

してみれば、控訴人の本訴は、本位的請求および予備的請求ともいずれも不適法として却下を免れないから、これを却下した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて本件控訴を棄却することとし、民事訴訟法第八九条、第一五八条第二項を適用し、主文のとおり判決する。

(古関敏正 石沢健 宇野栄一郎)

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